sumakunio / solosolo 顛末記
着手したのは2002年、ちょうど「Anthology vol.1」が終わった頃で、ここMountain North Studioの録音に気をよくしてこの状態を維持しつつ作業を進める決意を固めたのだった。まず、調子の良さそうな日を選んでレコーダーを廻しっぱなしにしてギターと歌で即興的に始めた。「場違いなNANAFUSHI」や「MOGURAがそこかしこ」、「KAMEMUSHIを潰したあと」などは特に楽しく、優に1曲20分を超えていた。
「SOLOSOLO」と「私の心はどうなるんですか」はベースに持ち替えて同じように即興演奏した。全曲に歌を入れることは決めていたので「トラストミー」や「ミミズ」の時のように意味不明な英語的イントネーションで歌を録っておいた。(「私の心はどうなるんですか」はそのまんま最終バージョンでも使っている。)そんな形で何日も何日もギターと歌だけで素材を貯めていって、結局CD2枚分ほどの曲の骨格ができた段階でMIDIアレンジ作業に入っていった。
今回も須磨和声が大学からいろんなプレイヤーを連れてきてくれることを期待して、木管、金管、弦など一通りの楽器を想定してアレンジした。(し過ぎたか...?)故フランク・ザッパは「作曲家が曲を書く理由はただひとつ、自分の耳でその曲を聞きたいからだ」みたいなことを言っていたけど、昔と違い今はパソコンの力を借りてその場でエセ・オーケストラが自分の曲をリアルに奏で、それを自分の耳で聞くことができる、まったく凄い時代になったもんだ、ありがたや!
そうこうするうちにベーシスト桜井監督から「クロ高」の話が入り「solosolo」をペンディングして「クロ高」のイメージに切り替えつつまたしてもレコーダー廻しっぱなしで作曲に没頭した。断片的作品とはいえこの2〜3ヶ月で書いた曲は50曲を優に超えたのだった。(できればこれらの断片的曲のイメージを数倍に引き延ばして「CD4枚組」で発売したいぞ!)「クロ高」プロジェクトが完パケるのにそう長くはかからなかった。製作者サイドが業界の屋台骨を支えるプロ集団だったこともあり、あっという間に私の役目は終わった。
「よっしゃー!」とばかりに間髪を容れず「solosolo」に戻ることができた...とはいかない出来事に突然襲われたのだった。家庭の諸事情で1997年から引きずっている「家」のトラブルがここに来てピークを迎えたりしたからだ。まぁ、身内やいろいろな方の助力も借りて何とか平常心を取り戻すまで1年程かかってしまったけどね。
drum長沢、bass桜井、melotron神谷の録音は2005年5月のGWに慣行した。曲数を限定していたのでそれほど時間はかからなかった。その3ヶ月後、当初の期待通り須磨和声が学園から木管系を中心にしたプレイヤーを多数連れて帰ってきた。celloの五十嵐君、fagottの秋山君、oboeの堀子君、clarinetの鈴木さん、fluteの千葉さんで、全員指使いのメチャクチャな譜面やヘッドフォンと格闘していたが、それでも録音は2泊3日のうちに無事終了した。須磨和声は家に寄るたびにちょこちょこ修正を繰り返していたがここにきて、弓の強さ加減とヴァイオリンの箱鳴りの関係について開眼したようで何曲か新たに録り直した。
残るはギターと歌だ。ギターに関しては、私としては作曲やアンサンブルを強調した作品にしたかったので、まぁ普通にEGやAGが入っている程度で良しとするつもりだった。(どのみち「偉大なるRF」を引き合いに出されるのは判っているので...)問題は歌だった。MIXDOWNをお願いしたRockdoorへ郵送する前日まで録り直していた。可能性としたらギターの比じゃないよね、この歌ってやつは!
「MOGURAがそこかしこ」なんかは冗談半分で歌ったら、「結構いいね」みたいな事になったり、「週報I,II」はスタジオに置いてあった富士宮キリスト教会の会報を曲にあわせて読んでみたら案外センテンスが合致していたのでそこから煮詰めて仕上げたりと、かなり実験的な方法で歌った。私は絶対音感がないので日によって音程が上下する時があり、録り直しは日常茶飯事だったので、私としては何とか納得するところまで歌えたんじゃないかなぁと思っている。
最後に今回のMIXDOWN & MASTERING エンジニア松金氏について。
「こういうのもアリか!」というシーンがいくつもあって、良い意味で期待を裏切ってくれたエンジニアです。形式に囚われずに音だけを追求するその姿勢はちょっと凄いモノを感じました。若さにモノをいわせる鋭いツッコミ(音質のアレンジ等)にも好感が持てました。惜しむらくは、空間系の処理で、特にリバーブの使用を極力抑えつつ音像を奥に持っていくような方法を取ったら良かったかなぁと感じる場面がありましたので付け加えておきます。「またお願いしたい」と思えるエンジニアでした。
須磨 邦雄 - 2007年3月吉日 -
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